あづまブログ
神居古潭西丘へお詫び行脚に
更新日:2005年12月06日
神居古潭西丘にお住まいの方々を一軒一軒まわらせていただいた。
神居古潭小中学校は、2〜3年後の廃校が決まっている。
それにしても農村部の少子化は恐ろしいほど深刻だ。
時代の趨勢とはいえ、地域社会の事情で転校を余儀なくされるこどもたちが心配でならない。
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朝から豊里西丘へ
更新日:2005年12月04日
朝から豊里西丘の農家をまわらせて頂いた。
今年は台風などの被害も少なかったようだが、米作農家も果樹園も状況は相変わらず厳しい。
豊里の小学校は来年3月の廃校が決まっているのだ。
廃校後、こどもたちは神居小学校まで通うのだそうだ。遠過ぎる。
豊里小学校は比較的新しい建物なのだが、その後の活用方法について役所側と住民のみなさんとの話し合いはまだ続いている。
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雨紛地区の農家へお詫びに
更新日:2005年12月03日
お世話になった方々のご自宅へ、お詫び行脚を始めて早や2ヶ月になる。
訪れたお宅は既に4000軒以上。
浪人中にも拘わらず私に目を掛けて頂いた方々の期待を裏切ってしまったことに、今はただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
今は、おひとりでも多くの方々にお詫びしてまわりたい。
『もう3年間も東市長誕生を待っているんだよ。ここで逃げては無責任だ。あきらめるんじゃないよ!』
『今一度、原点にかえって、応援してくださった方々にしっかりお詫びしなさい』
本当に温かい言葉を掛けて頂く。
今の私にとっては、ただただありがたく、申し訳なく、お詫びの申しあげようもない。
季節は師走、今年も旭川に厳しい冬が到来した。
今日は、夏場はなかなかお会いできなかった主に農業を営んでいる皆さんのお宅にお邪魔した。
『長男は、内地の自動車部品工場に期間採用されてね。でも年末には帰ってくるよ』おばあちゃんは寂しそうだ。
『米は去年より少し多く獲れたが、値段はドンと下がった。農家はまだまだ厳しいよ』
おじいちゃんは雪で真っ白になった水田を見ながら言った。
『ともかく、しっかり反省して、がんばれ』
もの静かだが力強く温かいその言葉に、逆に励まされてしまった。
このような状況下でも私をお支え頂いている方々に感謝し、いつの日か必ず恩返しをしなければならない。
今日は、そんな切実な言葉のひとつひとつを噛み締めながら、84件目、雨紛神社近くのお宅を訪れて終了した。午後7時、辺りはもう真っ暗だ。
これから半年間、旭川は雪に閉ざされる。
明日も精一杯、お詫びしてまわろう!
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ごあいさつ
更新日:2005年12月01日
旭川市は古くより軍都として栄え、国策パルプ工場や、更には国策ともいえる農業など、 いわゆる官主導の経済政策に支えられて今日まで発展してきました。しかし、高度経済成長期からバブル崩壊を経た今日、 国の方策としての三位一体改革に伴う財源移譲は地方自治体に途方もなく大きな影をおとし、 従来型の国の手厚い保護など毛頭望めない21世紀を迎えるに至ります。
我々の旭川がこの弱肉強食時代の大きな荒波を乗り越え、日本丸の勝ち組として熾烈な生存競争を生き残るには、 今こそ首長が果敢なリーダーシップを発揮し、旭川改造の熱っぽい使命感と、 それに相応するアイディア並びに行政運営の徹底したスピードアップ、更には数字に裏付けされた明確な行政プログラムが絶対条件です。 創意工夫、練磨遂行、旭川市が全国の自治体のアイディアリーダー、オピニオンリーダーとなるのです。
浪人中の私は、ここで一層の覚悟を決めて達観し、これを絶好の機会と心得て旭川市を睥睨し、 自分自身について今一度見つめ直して次の一歩に備える決意です。これからも、人の痛みを自らの痛みとし、人の喜びを自らの喜びとし、 糧として活動していく決意でございますので、どうか皆様宜しくご指導ご鞭撻の程お願い申しあげます。
いよいよ決戦の年を迎えます。未来への確かな夢を持つことが出来る旭川、 慣例やしきたりにとらわれない全く新しい市政の創造に向かって、市民の皆様と共に多くの灯火(ともしび)を掲げ、 我われの旭川が自治体間競争時代のトップランナーとなるべく粉骨砕身、努力することを皆様にお約束致します。
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